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所属弁護士の声

2020.12.29

新しい法曹養成制度の下でなすべきこと (弁護士 吾妻 望)

ある大学医学部の授業のひとこま

3年ほど前、専門職教育の現場を知るために、ある大学の医学部の授業に参加させていただいたことがある。学生7~8名ずつ、10数グループに分け、患者とその家族の意思の尊重のあり方や、臨床研究における倫理上の問題、あるいは救命救急医療における生命の扱い方の問題等について、グループごとに対応を考えさせる。各グループには模擬患者として一般市民1名が割り当てられていて、模擬患者の考えも聴きながら、対応策を検討していく。この授業、驚いたことに、大学入学後3日目のカリキュラムであった。何よりも、将来医師として立ち向かうことになるであろう、正解のない数々の困難な局面を、入学間もない学生にぶつけ、患者の要求や悩みと共に、考えさせ、意見を述べさせ、ディスカッションさせることで、医師とはどのような存在であるべきか、生命とどのように向き合うべきか等医師としてのプロフェッション性を強く意識させる、そんな授業風景に強い感銘を受けた。

前途多難な新しい法曹養成制度

法科大学院は、司法制度改革の柱の1つであるプロセスとしての法曹養成制度の中核を担うものとして、2004年にスタートした。しかし、ピーク時には74校あった法科大学院は現状では半減し、法科大学院志願者数もピーク時の7万人超から現状では1万人を下回るまでに激減していて、多くの人材が法曹以外に流出する結果となっている。法曹養成制度の危機、司法の危機である。この危機的な状況を受けて、法学部3年間+法科大学院2年間の5年一貫教育で司法試験合格を目指す「法曹コース」制度が2020年4月からスタートした。2023年の司法試験からは「在学中受験資格」も認められることになる。司法試験受験までの時間的・経済的負担を軽減することによって法曹を目指す者を増やすことにねらいがあるという。
そのねらい自体は理解できるが、法曹資格を得るまでの年限の短期化だけで有為で優秀な人材が法曹に戻ってくるのかといえば疑わしい。しかも、在学中の受験は、法科大学院の日常を受験対策の場に駆り立てることになり、これではプロセスに重点を置いた法曹養成という法科大学院の本来の理念に反する結果を招きかねない。新しい法曹養成制度ははじめから前途多難である。
折しも新型コロナ禍である。全国の大学や法科大学院では2020年度の授業を原則としてオンラインで実施しているところが多く、この新時代の教育のあり方は来年度以降も模索が続くであろう。新しい法曹養成制度は一層困難な環境下での船出となっている。

逆転の発想-魅力ある法曹養成教育カリキュラムの工夫を

しかし、悲観的にばかりなってはいられない。法曹養成に関わる者としては、ここは頭を切り替えて、新しい法曹養成制度を最大限に活用しつつ、カリキュラムの工夫等により法曹養成課程の中身こそを魅力あるものに改革することを考えるべきではないだろうか。
例えば、早い段階から、理論に偏ることなく、具体的なクライエントの存在を意識させ、具体的な紛争や課題に取り組ませることによって、プロフェッションとしての法曹を意識させながら教育に当たることは、やはり重要なことであると思う。実事案を基にした模擬法律相談や法廷教室を利用してのロール・プレイング等のシミュレーション教育も実務を体験させる点で意義深い。これを「法曹コース」等でも活用してはどうか。また、同様に、早い段階で、リーガル・クリニックやエクスターン・シップ等の臨床現場に触れさせる機会を持つことも十分検討に値するのではないか。臨床科目を履修した学生からは、目の前に実在するクライエントの実際の紛争を生で感じることで法や法曹をより深く理解することができ、法曹になろうという意欲が具体化した等の感想が寄せられることが少なくない。

法曹養成の基本理念をより生かすために

法曹養成は、「多様かつ広範な国民の要請にこたえることができる高度の専門的な法律知識、幅広い教養、国際的な素養、豊かな人間性及び職業倫理を備えた多数の法曹」を養成するものであることが基本理念として掲げられており、大学は、この基本理念にのっとり、法科大学院において、法曹となろうとする者に必要な「専門的学識及びその応用能力」等とならんで、「将来の法曹としての実務に必要な学識及び能力並びに素養」を涵養するための教育を実施することが、その責務として求められている(法科大学院の教育と司法試験等の連携等に関する法律2条、4条参照)。この趣旨を新しい法曹養成一貫教育により生かすことを考えたい。3+2、4+2の一貫教育という新しい法曹養成制度の利点を最大限に活用すれば、より柔軟に魅力的なカリキュラムを考案することができるのではないか。新型コロナ禍を受けての新時代の法曹養成教育においても十分実践可能なはずである。法曹養成に関わる者の熱意と努力次第では思いもよらないものができあがるかも知れない。

むすびに

法曹養成は、単に司法試験受験の準備のためのものではないはずである。法曹養成の過程では、実務法曹の実像や魅力に触れる機会が十分に用意されていて、学生たちがこれに触れることによって、実務の基礎的な素養を身に付けることができるとともに、自らが将来に向けてのモチベーションを高めていく契機にもなるという重要な側面があることを忘れてはならないように思われる。新しい法曹養成一貫教育においてはより一層その視点が重要であると思う。
法曹養成制度を魅力あるものとして次世代に引き継ぐことは、実務法曹全体の責務である。かつて経験したことのないこの困難な状況下であるからこそ、有為で優秀な人材を法曹界に取り戻すために、新しい法曹養成制度に何をどう盛るべきか、果敢に挑戦する絶好のチャンスである。

(令和2年12月記)

※公益財団法人日弁連法務研究財団ニューズレター76号(2020年10月20日発行)「会員の声」に寄稿

執筆担当者:弁護士 吾妻望